100gの錘を手に乗せて、少しずつ錘を重くして110gになった時に初めて「重くなった」と感じる人は、初めに200gの錘を手に乗せた場合は、これが220gにならないと「重くなった」とは感じない。
つまり、210gになった時や215gになった時も、200gの時との違いを感じ取れないのである。
フェルデンクライス岡山のワークショップでよく登場する。
ちいさ〜く、ゆ〜っくりと動かす方が、
違いを認識するには良いということ。
違い=差だとすると、
運動学習に必要な要素と言える。
これは感覚だけではなく、
"認識"という視点において、あらゆる場面で言えるんじゃないか。
大金持ちが100円落としても気づかないかもしれないが、
小遣い 月1000円も小学生には涙もんかもしれない。
先日、作った動画。
この中でナレーションを考える作業が、普段の臨床場面におけるコミュニケーションを見直す非常に良い機会になった。
対象者を目前にしたコミュニケーションでは、
言葉 選びには注意しつつも、"言い直す"機会は少ない。
ナレーションの作成となると、何度でも"考え直し"が可能。
それ故に、ちょっとした言い回しの違い、話しの順序、間のとり方に意識が向き、普段のコミュニケーションに"粗さ"を露呈して感じる機会となった。
普段、無意識に書いている文字が、
大事な人への手紙だからと、ゆっくり、丁寧に、となると、書き順や筆の運び方の曖昧さに気づくようなものだ。
ウェーバー・フェフィナーの法則は、
生活のあらゆる場面において活用可能で、
立ち止まって、
ゆっくり動き、
日々の習慣に注意を向けてみて
違いを知ること。
すると、
Slow is smooth.
Smooth is fast.
となる。